ー なぜ、それを弾くべきだと感じたのだろうか ー
目を輝かせたジャグが駆け寄ってきた。先ほどまで何か考え事をしているような顔だったのにどうしたというのだろうか。
「ピアノある!」
「ピアノ?」
「うん!バーみたいなのがあって、そこに!!」
「こっち来て」と腕を引っ張られ着いて行った先はダイニングから続く廊下の奥、派手な装飾が施された──それこそ街にある洒落たバーのような扉があった。
その扉を開くと、なるほど、ジャグの言った通りグランドピアノが一番最初に目に入る。色温度の低い薄暗い電球に照らされた室内にはカウンターと備え付けの高い椅子、数個の丸テーブルが置いてあり、まさに”バー”といった内装だ。ただ、残念ながら棚は空っぽで空き瓶の一つも転がっていない。
「でけぇピアノだな」
「だよなぁー!」
ジャグはピアノのふたを開けて適当に弾き始めた。
音がくぐもっているというか、なんだかイメージするピアノの音とは少し違っていた。
「すっげぇ”錆びた音”だな」
突如声を掛けられて振り返ると、そこにマシューとモーゼスが立っていた。
「なんだよ、錆びた音って」
「え、そ、そのまんまの意味だよ……」
モーゼスがピアノに近寄り、大屋根を開けると劣化した金属の匂いと古い木材?塗料?の匂いがする。覗き込んでみると、たしかにピアノ線が青く変色していた。「ダメだこりゃ」とマシューが苦笑した。
「調律も狂ってる。これだけ放置されてる館なら仕方ないけど」
「へぇ、さすがに演奏会によく出入りする奴は耳が肥えてるね」
たっぷりの嫌味を込めた言葉にモーゼスは口ごもった。
「今日の飯はここで作る?」
空気を読まないジャグがマシューにバーカウンターを指し示すと、マシューはそちらに目をやりながら「まぁこれぐらいの設備があればいいか」と呟いた。
マシューがカウンターに入って水道やガスコンロを確認していると、ダニエルと掃除に飽きた他の仲間たちが部屋に入ってくる。皆口々に「すげー」と感嘆していた。
「調理場なら地下にあるぜ」
「いや、ここがいい!ここで夕飯にしよう!」
ダニエルの言葉には何故かジャグが返した。
「いけるよ、飯の材料どこ?」
「一旦、車に積んだままにしてあるから取りに行くかせるか、男どもに」
「えぇ、ベルも手伝ってくれよ……」
俺とベネット、マイカ、ジャグ、マシュー、モーゼスが部屋を出ていくが、目の端でダニエルがピアノの椅子に腰かけたのが見えた。
しばらくして音楽が奏でられるのが聴こえてくる。
そのメロディーに対して、「この曲は何?」とジャグが尋ねる。モーゼスは指をあごに当てながら考えるように答えた。
「ショパン、ピアノソナタ第二番。えーっと、第三楽章……『葬送行進曲』」
