- 酒は飲んでも飲まれるな -
「Prost(乾杯)!」
マシューがドイツ語で乾杯すると、他の皆もグラスを掲げた。
ダイニングテーブルは全員で腰掛けるには少々小さく、ドアを開けて地続きになるリビングのソファに、俺とベル、それからジョンとダニエルが座っていた。
大盛り上がりの向こうのテーブルとは違って、こちらは何というか、粛々と飲んでいる。皆がビールを煽る中、ベルだけが林檎のワインをグラスに注いでいた。
テーブルの上には、切り出されたハムとサラミとチーズ、そしてクラッカー。あと、名前忘れたけどキャベツの千切りをビネガーに漬けたやつ。後着組がしこたま買い込んだチョコレートなどの菓子類が所狭しと置かれていた。
「いい所じゃん」
ジョンがダニエルに向かって言うと、ダニエルはたちまち子どものような笑みを顔に浮かべた。
「そうだろ?この家見つけたの俺なんだぜ、もっと褒めろよ」
「はいはい、さすがは俺たちのリーダー」
「……あれ!?それだけ!?」
生来アルコールにめっぽう強いというわけでもないのでが、空っぽだった胃にアルコールを入れたせいで、酔いが回るのがいつもより早いと自分でもはっきりと感じた。ダニエルのだる絡みをジョンが適当にいなすいつものやり取りも、なんだか愉快に思えてくる。
「飲んでるかァ~?」
ダイニングからジョッキを持ったベネットがやってきて、ジョンとダニエルに絡み始める。ダニエルは楽しそうに、ジョンは少し鬱陶しそうにそれぞれ応えていた。
ふと目をやるとグラスのワインを飲み干したベルが煙草を取り出してキョロキョロしている。俺はポケットからライターを取り出したが、ベルが探しているのはもっと別のもののようだ。俺も辺りをキョロキョロと見渡した。
「あれ?灰皿は?」
「灰皿なら無いぜ。吸うなら外行け、外」
俺の疑問に答えたダニエルの言葉にベルが思いっきり顔をしかめる。
「はぁ?誰も調達してこなかったの?ここにいるほとんど喫煙者なのに」
「しょうがねえだろ。明日ついでにレオンに買ってきてもらえよ」
「……Damn.」
ベルが渋々席を立つので、俺もついていこうとしたら「ライターくらい自分のがある」と言われた。
「あ、でも俺も吸うから」と玄関に向かうベルの背中を追う。
「っつーかよぉ、モーゼスはベルのライター係なの?女王様じゃん!」
「うるせー」
ベネットの言葉にはベルが乱暴に返した。小間使いの俺としては、頼むから女王様の機嫌をこれ以上悪くしないでほしいと思った。
*
*
*
庭に出て、ベルと二人でタバコを吸った。
周りに他の民家はなく、街の明かりが遠くに見える。カーテンに遮られたダイニングのやわらかい光だけが、ぼんやりと辺りを照らしていた。
「ベル、今日はここに着くの早かったじゃん。何時からいたの?」
実は俺はダニエルと一緒にここに来たが、ベルはそれよりも先にここに到着していた。
「ああ、私は仕事の流れでそのまま飛行機に乗ったから」
「みんなと一緒に来ればよかったのに」
「家に寄るより、空港のが近かったしねぇ……」
「そっか」
ぽつりぽつりとした会話が途切れる。しばらくお互い無言で紫煙を燻らせていたが、ベルは早々に吸い終えた煙草を地面に落とし、足で踏み消した。
「もう一本?」
「いや、戻るよ」
珍しく一本で打ち止め、家の中に戻るベルを見送った。
俺はもう少しだけ吸ってから戻ることにしよう。
庭にある車は3台。俺とダニエルが乗ってきたのと、ベネットとマシューが乗ってきたもの、そしてマイカが運転してきた車。
(公共交通機関も無い山中だけど、ベルはどうやってここまで来たんだろうか?)
まあタクシーでも使ったのかもしれないが、なんとなく、そうではないような気もした。ただ、触れていいものなのか今は未だ判断がつかない。疑念がゆらゆらと自分の中でたばこの煙のように揺れている。
