– 別段誰かが悪くなくても、上手く行かないこともある –
ライオネルとマシューが庭に物干竿を出し、11人分の洗濯物を次々と掛けていく。ミントの香りに混じり、洗剤の芳香が夏風によってリビングに運ばれてきた。
サリーとモーゼスは朝食の洗い物を終え、コーヒーを作っている。
ダニエルは、ライカのフィルムを巻き、家の中の適当なものを写真に収めている。
コーヒーが出来上がるまでの間、暇だったのでTRPGのルールブックをぱらぱらと捲っていた。アメリカの作家が生み出した架空の神話体系を絡ませたホラーゲーム。元のクトゥルフ神話がコズミックホラー(宇宙的恐怖)というだけあって、登場する神々も天文学的スペックを持っており、もはやその凄さがどれほどのものか分からない。
洗濯物を干し終えたライオネルとマシューが家の中に戻ってきた。
「お、ベルもやってみる?」
「やらない」
「なんだ」
そこまで残念でもなさそうな感じで、マシューとライオネルはソファに腰掛けた。
ちょうどコーヒーも出来たようで、盆に載せた6つのカップとシュガースティックをサリーが持ってきた。その後ろから、モーゼスもミルクとガムシロップの袋、残り少なくなったチョコレートが載った皿を持って来た。
「モーゼス、サリー、ありがと」
ミルクを1つとシュガースティックを1本入れて、スプーンでかき混ぜる。
「アイスのがよかったかな?」
「いいよ、朝は涼しいし」
モーゼスはシュガースティック1本、マシューとライオネルはブラック、サリーはシュガースティック1本とミルク、ガムシロップを1個ずつ。ダニエルもソファに座り、ブラックのままカップに口を付けた。
「昼飯なににすんの」
「川釣り組の成果によるかな。フライがいいかなと思ってるんだけど……」
マシューが話していると、外がばたばたと騒がしい。複数人の声と足音が近付いてくる。
「あいつら帰ってきたのか?」
「早くね?まだ2時間経ってないぜ」
ライオネルが玄関の扉を開けにいき、そして血相変えて再びリビングに入ってきた。
「ジョンが怪我してる」
「えっ」
その言葉を反芻する暇もなく、ベネットに担がれたジョンがリビングに入ってきた。タオルで止血はしてあるものの、運んできたベネットのTシャツに染み付いた血がその出血量を物語っている。
「モーゼス、お湯持ってきて!」
「わ、わかった!」
ソファの場所を空けてやり、ジョンを座らせた。ダニエルは棚の下段から救急箱を取り出す。
モーゼスから湯を張ったボウルと真新しいタオルを受け取ったジェーンが傷口を拭い、救急箱の中に入っていたガーゼを傷口に当て圧迫し、再度止血をする。包帯を少しきつめに巻いて、処置を終了した。全員が胸を撫で下ろした。
ダニエルがベネットをじろりと睨む。
「怪我は厳禁っつったんだけどなぁ」
「事故だよ、ちょっとした事故」
「わかった、わかった。事情は後から来る2人にも聞く。ジョンは上で休んでろ。……ジェーンも」
一瞬騒がしくなったリビングは、水を打ったように静まり返った。ジョンはジェーンに連れられ、2階へと上がっていった。
「ベネット、それ洗っといてやるよ」
マシューはベネットから血まみれのTシャツを受け取って、洗面所へ。ベネットはシャワールームへ。モーゼスはボウルを台所にやったあと、「マシュー、これもついでに」と傷を拭ったタオルを持って洗面所へ向かった。サリーはボウルの湯を捨て、水ですすぐ。ライオネルは救急箱の片付け。ダニエルは大きめの溜め息を吐いてソファに座り直した。
ふと、外を見ると、晴れるかと思っていた空は白く分厚い雲に覆われつつあった。
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「マイカのせいじゃないよ」
「……ああ」
「今日、雨降るかなぁ」
「どうだろう」
「帰ったらさ、魚の捌き方教えてもらおうぜ」
「……うん」
