– 知ることが権利であり、義務ではないことを“幸せ”と感じるべきなのである –
パタパタと雨音が窓を叩く。
気象予報アプリによると、この地方は明日も引き続き天気が崩れるらしい。
「……、そうか。それじゃあな」
廊下の電話。
ダニエルは受話器をおろした。
振り向いて、背後にいた俺を見て、少しだけ驚いたようだ。
「よぉ、モーゼス。どうした?」
「明日の買い出し、メンバー決めようってマシューが」
「そっか。皆リビングにいる?」
「うん」
ダニエルが俺の横を通り抜けようとした。そのとき、何故か俺の手はダニエルの行く手を遮っていた。ダニエルは、今度こそ、本当に、目を見開いた。
「……なぁ、今の電話、誰?」
そう問いかけると、ふっと笑って俺の頭に手を載せてきた。
「ライナスだよ」
くしゃっと俺の頭を撫でるその手が、なんだか、それ以上何も言わせない力を持っていた。顔を見ることができなくて、俯いたまま、道を遮るようにしていた手を下ろす。ダニエルはリビングの方へ向かう。背中越しに「ヤキモチ妬いちゃった?」と、いつも通りのトーンで茶化してきた。
「んなワケねーだろ」
俺はその声に、ひどく安心したんだ。
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「つーわけで!」
明日、街へ下りての買い出しのメンバーは次のようになった。
アルファ部隊:ダニエル、俺、マシュー
ブラヴォー部隊:マイカ、ジャグ、サリー
アルファが酒類とそれぞれのメンバーのリクエスト品、ブラヴォーが食糧を調達するという寸法だ。
留守番は、怪我をしているジョン、ジョンの世話をするジェーン、謹慎(?)中のベネット、明日も引き続き雨模様であることに嫌な顔をしたライオネル、そして責任者のベル。
まあ、現状一番妥当で気まずくないメンバー構成だ。すべてのチームが。
割り振りが決まったところで解散となった。
川釣り組が優先的にシャワーを浴びれるということなので、俺はリビングで適当に雑談しながら待つことにした。
「ベル、何飲みたい?」
マシューはリサーチに余念がない。
こちらに来てからビールを一口も口にしていないベルに気を遣ったようだ。彼女のお気に入りのリンゴのワインは、飲みやすさもあってか、朝から晩まで水の如く皆が飲むので、もう残りが少ない。
「フェーダーヴァイザーがあったら買ってきてくれ」
「フェーダーヴァイザー?」
聞き慣れない名前を俺が復唱すると、ベルがスマホの写真を見せてくれた。
酵母が残って、白く濁った液体がワイングラスに入っている。
「フェーダーヴァイザー《白い羽根》。白ブドウのワインだよ。飲みやすいから人気なんだと」
「へぇー」
「いいね。俺も持ち帰るように買おうかな」
「長期保存できないワインだから、土産に買うなら帰りの空港にしな」
すると、俺たちが話している間からダニエルが覗き込んできた。
「フェーダーヴァイザーはちょっと時期早いんじゃねーの?」
「そうなの?」
「9月からが旬って感じだしなぁ」
「早摘みとか、品種改良とか、でかいマーケットに行けばあるだろ」
マシューとダニエルがやいのやいのと話している傍ら、ベルが「そういえば、」とリマインダーに一つ書き加えた。
「ライターオイル?」
「切れそうだったの忘れてた」
彼女は苦笑いしながら、胸ポケットからシンプルなジッポーを取り出し、カシャンと鳴らしてみせた。
「ベルのライターってそんなんだっけ」
「旅行だから、失くしてもいいやつ持ってきたんだよ」
「ああ、なるほど」
「ベルってわりとケチくさいところあるよなー!」
ダニエルのその言葉にキレたベルが手のひらを大きく振りかぶるのに、1秒もいらなかった。
