– 汝、殺すことなかれ –
「……ごめん」
ソファーベッドに座るダニエルに声をかけた。
傍らで壁にもたれかかるベルは、何も言わない。
ジェーンは俺にしがみついたまま。
ダニエルは俺を一瞥すると、はぁと溜め息を吐いた。
「なんであんな質問したんだ?」
「……ああやって言えば、ジェーンは答えられないだろうと思って」
「ゲームのために?」
信じられない、とでも言いたげな顔で、ベルは目を見開く。
「お前はそう思ってても、周りが別の意図に捉えることもある。分かるだろ」
「……ああ」
「質問されたジェーンも困っただろうし、名前出されたマイカも困っただろうよ。ちゃんと謝っとけよな」
「うん。ジェーン、ごめんな」
ジェーンはふるふると頭を振るだけで、何も言葉にしなかった。しがみついたままで顔は見えないが、多分泣いてる。
「今日はマイカと一緒に寝なよ」
そう言うと、ジェーンはバッと顔を上げた。
「なんでそんなこと言うのぉ……」
その顔は、やっぱり泣いていた。
===
雨は上がった。
今はミントよりも、湿った土の匂いの方が強い。
ライオネルに連れられて外へやって来た。もやもやした気持ちが収まらないまま、煙草を取り出して火を付ける。
「……お前、いきなり掴みかかるのはやめろよな」
煙を吐き出しながらライオネルがぼそっと呟いた。
「……俺は悪くないよ」
ライオネル相手に謝るのも何だか違う気がして、そうやって言った。意図的ではないものの、ジョンに怪我を負わせた負い目を感じている俺とジェーンに対する当てつけのように思えたのだ。わざわざあんな言い方をしなくたって……
ばたん、と玄関の扉が開いたかと思うと、不機嫌そうな顔のベネットが出て来た。
煙草を噛み締めながら火を付ける。そして紫煙を思いっきり吸い込んで、溜め息よろしく吐き出した。
「いくらなんでも、さっきのアレはねえよな」
ベネットはジョンに対して怒り心頭と言った感じだ。
ベネットとほぼ同じ気持ちであることに安心を覚えたが、それと同時に何故俺はこんなにイラついているんだろうと思った。
ジェーンが答えを躊躇ったから?
ジョンが羨ましいから?
自分が不甲斐ないから?
どれも当てはまりそうで、少しずつ外れている気がする。
「ベネット、抑えろ。ムカついてんのはマイカだ」
「俺はムカついたらダメなのか?ダニエルもダニエルだぜ。えこひいきしやがって」
「ベネット!」
ライオネルの語調が強くなった。
『下手でもいいから、自分の気持ちを伝えたらいいんだぞ』
昼間、バウムクーヘン屋の店主に言われた言葉を思い出す。
「俺は……」
そう言いかけたとき、再び玄関の扉が開いた。3人ともそちらの方を向く。現れたのは……ジョンだった。ポケットに手を突っ込みながらこちらに歩いてくる。煙草を踏み消して掴みかかろうとするベネットをライオネルが制した。
ジョンは俺の目の前で止まる。
「さっきはごめんな」
もしも、
もしも、ジョンがどうしようもない、救いようのないクソ野郎なら、俺は間違いなく奴を殴るし、それが許されるだろう。そうだったら、どんなに俺の心は報われるだろう。
「ライオネルとベネットも、せっかく楽しい時間だったのに、ぶち壊して悪かった」
なんの罪悪感も感じず、こいつを殺すことができたら……
「誰が幸せになるんだよ……」
さっきの質問も、俺が今考えたことも。
かすれた声はジョンに届いたかどうか分からなかった。
===
「俺たちは外した方がいいか?」
ライオネルはそう言ったが、俺は首を横に振った。
その代わり、マイカに耳打ちする。
「ジェーンのところに行けよ。俺とは後で話そう」
マイカは何か言いたげだったが、足早に家の中へ戻っていった。
“謝罪”という先手は、時に、開き直るよりも相手を傷つける。しかし、たった1人が深く傷つくよりは、浅い傷を全員で負う方が合理的だと思った。治りが早いから。だから俺は謝った。
ライオネルとベネットの方に向き直る。両方とも訝しげな表情だった。
だが、先に謝った以上、この2人は俺に手を上げることはない。それは過去の様々な出来事から実証済みだ。
「マイカは?」
「ジェーンのところに行かせた」
「……お前さぁ、たまには人の気持ち考えた方がいいよ」
苦虫を噛み潰したような顔のベネットに、俺は再度「ごめん」と謝った。
「マイカとは後でちゃんと話すよ」
だから、この話はもう終わりにしよう。
