– 嫌なことは嫌じゃなくなるまで突き詰めるべきだ –
「モーゼス、ジェーンは?」
「……」
モーゼスは黙ってソファーベッドの部屋の方を指さした。
ジョンに言われたとおりに動くのは癪だったが、ジェーンのそばにはいないといけないと思った。
部屋の前でノックをする前に、深呼吸をして、いざノックしようとしたその瞬間、
勢いよく扉が開いた。
盛大に音を立てて、俺は尻もちをついた。
扉を開けたベル本人は、扉が人にぶつかった感触にたいそう驚いた顔をしていた。
「ま、マイカ!?すまん」
「いや……」
いい年して、顔面に食らった痛みに泣きそうになりながら、差し出された手を取った。
立ち上がって部屋の中を見ると、ベッドの上にペタンと座ったジェーンがこっちを見ている。目元と鼻の頭が赤い。泣いていたのだろう。
ベルと入れ違いになるように部屋に入ると、ジェーンの隣に座っていたダニエルがすっと立ち上がった。
「……急に煙草が吸いたくなってきちゃったなぁ」
へたくそか。
だが文句を言う間もなく、彼は後ろ手に扉を閉めた。部屋の中にはジェーンと俺の二人きりになる。
「……マイカ、鼻赤くなってる」
「ジェーンもだろ」
靴を脱いでベッドの上に乗ると、彼女は両手を広げてくる。
「ハグして」
膝の上に座らせて、壊れないようになるべく優しく抱きしめた。彼女は俺の肩口に頭をのせ、すんすんと鼻をすすっている。
「さっきは、ごめんな。その……」
乱暴な行動で、怖い思いをさせてしまったこと、ジョンと険悪になって不安にさせてしまったこと、昨日ジョンにケガをさせてしまったこと、
言葉に詰まっていると、細い腕により一層の力がこもった。
「怒ってないよぉ……」
ミルクティーみたいな色をしたジェーンの髪の毛に指を絡ませる。
「俺はジェーンのことが好きだから、ジェーンが困るのや傷つくところは見たくない。……たとえジョンでも、ジェーンを困らせるなら許したくない。だから怒った」
「うん……」
「あの質問は困ったよな。だって、ジェーンにとってジョンは特別だから」
「……マイカのこと好きだけど、ジョンは大事だよ」
「分かってる。ジョンも分かってると思う。分かってて、ジェーンを試すようなことをしたのが、俺は嫌だったんだ」
「……うん」
「ジェーンは何が嫌だった?」
肩口に載せていた頭を上げて、ジェーンがまっすぐこちらを見た。瞳には涙が滲んでいる。
「マイカが怒ったのが嫌だった。怒らせちゃったのが嫌だった」
そう言い切ると、彼女は堰を切ったように泣き出した。俺はただ、彼女を抱きしめた。
「もう、怒ってない。ジョンが謝ったから。仲直りしよう」
「うん」
そのままキスをした。
色々しょっぱい。
……。
部屋の外から声が聞こえる。
“ばっか、お前、今良いとこなんだから邪魔すんな”
“でも今の方が絶対良いって!ね、マシュー!”
“いや、俺はお前を止めるために来た”
ダニエルと、ジャグと、マシューの声。
“え!?なんで!?”
とりあえずベッドから立ち上がって、ドアノブに手をかけ、
“いいからほら、戻れって!きっと今から二人で”
「へたくそか!!」
勢いよく扉を開けた。
扉が後頭部にヒットしたダニエルはよろめき、咄嗟に手を差し出したジャグに支えられる形になり、マシューはその2人の奥で苦笑いしたまま佇んでいた。
「ジェーン、バウムクーヘン食べよ!」
ダニエルを支えたまま、ジャグがにっこり笑った。
