– 十割のバウムクーヘンってなんだよ –
最悪な空気のまま解散となった。
カップを洗うのはサリーに任せよう。
「マシュー、バウムクーヘン切って」
ダイニングテーブルに乗せられた2つのバウムクーヘンは、そういえばまだ切られていない。
ジャグが、あまりに寂しそうな瞳でそれを見つめていたから、俺は何も言わずにケーキナイフを取った。
「12等分でいいよな?一個余っちゃうけど、」
お前食べるだろ、と振り向いたときに、ジャグは鼻をすすっていた。
「泣くなよ……」
「泣いてない……皆で食べたかっただけ」
カップをすすぎ終えたサリーが、手を拭きながらジャグに歩み寄った。
「皆で食べたらいいじゃない。美味しいものは無敵なんだろ?」
「うん」
「じゃあ、明日にでも……」
「やだ、今がいい」
俺とサリーは、一瞬ジャグの言っていることが理解できず、顔を見合わせた。ジャグは「そうだ!」と、思いついたように手を合わせる。
「今食べよう!みんなで、今!それがいい!サリー、外のやつら呼んできて!」
そう言って、ジャグはダイニングを出てソファーベッドの部屋へ向かおうとした。リビングではベルとモーゼスが暗い顔で雑談していたが、そこを通り過ぎるときにも「バウムクーヘン食べるよ!」と言って過ぎ去っていく。二人とも意味が分からなさそうに首をかしげる。
っていうか、今マイカとジェーンとダニエルは大事な話をしてるんじゃないか?と思ったが、ダニエルは部屋の前に立って様子を伺っているようだ。
「ジャグ、マイカとジェーンは大事な話してるからあとで……」
「ダメ!今がいいの!」
こちらに気付いたダニエルが、慌ててジャグを制する。
「ばっか、お前、今良いとこなんだから邪魔すんな」
ダニエルのその言い方はなんなんだよ。
===
30分ぶりくらい、2回目。リビングにチームの全員が集まった。
それぞれ思うところがあるらしく、暗い顔や厳しい表情のやつが多い。特に外でタバコを吸っていた連中は、不穏な空気を隠そうともしない。
ジャグが12等分された(もちろん俺が切った)バウムクーヘンの皿を両手に持ってやってくる。
「バウムクーヘン!」
「見りゃ分かる」
ライオネルが冷たく突き放す。だが、ジャグは怯まなかった。喧嘩も強いが、こいつは食べ物のこととなるととことん強い。
「街に下りて買ってきたんだぜ。店の名前は忘れたけど、えーっと、“十割のバウムクーヘン”!」
……。
大体のやつが呆気にとられた顔をした。一緒に買い出しに行ったサリーとマイカだけは、なんのことだか分かったらしい。クソ真面目に聞き返したのは、モーゼスだった。
「えっと、それは、商品名かなんか?」
「そう!」
いや、明らかに違うだろ……という空気が流れる中、サリーはニッと笑った。
「そうだよ、これは“十割のバウムクーヘン”。さ、召し上がれ!」
サリーはマイカにフォークを手渡し、目配せする。マイカはプレーンのバウムクーヘンをフォークに刺し、ジェーンの口元に持っていった。
あーん、とジェーンが口を開けた瞬間。
ダニエルが横からひょいっとバウムクーヘンを取り上げて、自分の口に放り込んだ。
「うめぇ!」
「いや、お前が食うのかよ!!」
ベネットの痛烈なリアクションに対し、ダニエルは唇を尖らせる。
「ばっか、お前、食卓は戦場だぜ?早く食わねぇとなくなっちまうだろうが!」
「バカはアンタだ!1人一切れずつだよ!」
「サリーひでぇ!俺、リーダーだぜ!?」
「あ、本当だ。美味い。ライオネルも食べな、ほら、あーん」
「は、はぁあ!?何してんだよ姉さん、いいよ、自分で食べるって!!」
リビングはたちまち戦場(?)と化した。ダニエルにバウムクーヘンを横取りされてポカーンとしていたマイカとジェーンも、改めて一口頬張り、その美味しさに顔をほころばせる。
二切れ目に手を伸ばそうとしたベネットはサリーに手を叩かれ、ライオネルはベルに(恐らくほぼ無理矢理)バウムクーヘンをフォークで口に運ばされている。真似してダニエルがモーゼスの口元にフォークを持っていくが、「やめて」と真顔で断られ、「リーダーのバウムクーヘンが食えないって言うの!?」とわめいて困らせていた。
マイカがジェーンにホワイトチョコレートでコーティングされた一切れを差し出したとき、先ほどのダニエルと同じように、横からジョンがバウムクーヘンを奪っていった。
「うっま。ありがと、マイカ」
「お前じゃなくてジェーンに食わせたかったんですけど!?」
「なんか私いつも横取りされる〜」
「おお、よしよし、ジェーン可哀想になぁ……!」
「ダニエルが最初に横取りしたんでしょ〜」
大げさに頭をがしがしと撫でてくるダニエルに、甘んじてよしよしされながら、ジェーンは改めてマイカからホワイトチョコレートのバウムクーヘンを食べさせてもらっていた。口の端についたチョコレートを、ジョンの指が拭う。いつの間にかリビングは笑いに包まれていた。
「はい!マシューもどうぞ!」
「ん、ありがと」
ジャレッドがフォークで差し出して来たプレーンのバウムクーヘンを頬張る。なるほど、これはたしかに美味い。サリーが先ほど言っていた「美味しいものは無敵」という言葉にも賛同できる。ところで、俺は先ほどからずっと気になっている質問をジャグにぶつけてみることにした。
「なあジャグ、“十割のバウムクーヘン”って何が十割なんだ?」
「ん?えーっと、バウムクーヘンが十割……?」
哲学かよ。
